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東京地方裁判所 昭和38年(行)69号 判決 1964年3月26日

原告 榎本巖

被告 麻布税務署長

訴訟代理人 真鍋薫 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告の昭和三四年度分所得税に関する昭和三七年七月一三日付再調査決定による一部取消し後の昭和三六年一一月三〇日付決定のうち、総所得金額二、九六一、〇〇〇円を超える部分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因及び被告の主張に対する答弁として、次のとおり述べた。

一、被告は、原告の昭和三四年度分所得税に関し、東京都中央区日本橋通二丁目四番地一三、宅地四三坪一合九勺及び同番地所在、家屋番号同町四番一八、木骨瓦葺二階建倉庫一棟、建坪二三坪二合、二階二三坪二合の物件(以下本件物件という。)の譲渡所得を金九、二一八、〇五七円と認定し、昭和三六年一一月三〇日付で右譲渡所得金額を総所得金額とする決定をしたが、原告の再調査請求に対し、昭和三七年七月一三日付決定をもつて、原処分の一部を取り消し、総所得金額(譲渡所得金額)を金四、六六一、〇〇〇円と認定した。

これに対する原告の審査請求を、東京国税局長は、昭和三八年四月二六日付で棄却した。

二、原告は、本件物件を「保持」するため、訴外中村茂一から、昭和三〇年三月一〇日から同年四月一二日にかけて合計金五、六〇〇、〇〇〇円を借り受け、同人に対し本件物件を譲渡担保として提供する趣旨において、右物件につき昭和三一年一月二七日売買を原因として、中村のために所有権移転登記手続を経ていたところ、中村が譲渡担保として提供を受けた趣旨を否認したため、同人に対し訴訟を提起し、右訴訟係属中昭和三四年五月一八日、同人との間で、原告は中村に対し金九、〇〇〇、〇〇〇円の債務を負担することを認めて、これを支払うこと、右支払いと同時に中村は本件物件に対する登記を抹消すること等を内容とする調停が成立し、これに従い、原告は金九、〇〇〇、〇〇〇円を支払つた。

かような事情により、原告が本件物件を他に売却等処分するためには、原告は、中村に金九、〇〇〇、〇〇〇円を支払わなければならなかつたのであるから、原告が中村より借り受けた金五、六〇〇、〇〇〇円と右支払額との差額金三、四〇〇、〇〇〇円は、本件物件の取得価額に加算さるべきものであるのに、被告は、これを加算していないから、右金三、四〇〇、〇〇〇円を取得価額に加算して算出される譲渡所得金二、九六一、〇〇〇円が、原告の昭和三四年度分総所得金額である。

三、被告の昭和三七年七月一三日付再調査決定において、被告が原告の譲渡所得算出の基礎とした本件物件の譲渡価格、取得価額(原告主張の金三、四〇〇、〇〇〇円が加算されないとした場合の取得価額)及び減価償却額等の数額がそれぞれ被告の主張のとおりであること、従つて、原告主張の金三、四〇〇、〇〇〇円が取得価額に算入されないとすれば昭和三四年度分の総所得金額となるべき譲渡所得金額が被告主張の数額となることは争わない。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因第一項の事実を認めるが、同第二項の事実については、被告が原告主張の金三、四〇〇、〇〇〇円を取得価格に算入していないことのみを認め、その余は争う、と答弁し、次のとおり主張した。

一、昭和三七年七月一三日付再調査決定においては、本件物件の譲渡価格金二〇、〇〇〇、〇〇〇円から本件物件の取得価格金一〇、八四五、四〇〇円を差引いた金額に所定の減価償却額等金三一七、四〇〇円を加えて譲渡所得額金九、四七二、〇〇〇円を算出し、これから所定の控除額金一五〇、〇〇〇円を差し引いた金額を二分して、総所得額中に算入される譲渡所得額金四、六六一、〇〇〇円を算出し、他に所得がなかつたため、右金額を当該年度の総所得額と決定したものである。

二、所得税法第九条第一項第八号によれば、譲渡所得算出上控除の認められる費用として、取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費と規定されているところ、右控除項目の内には、当該資産を取得するために要した負債の利子、または修繕費その他当該資産の維持、管理に要する経費は、含まれないものと解されている(昭和二六年一月一日直所一―一所得税基本通達一四〇)から、かりに、請求原因第二項のような事実があつたとしても、原告主張の金三、四〇〇、〇〇〇円は譲渡所得の計算上取得価額として控除されるものではなく、従つて、本件物件の取得価格金一〇、八四五、四〇〇円に金三、四〇〇、〇〇〇円を加えた金額を本件物件の取得価額として譲渡所得額を算出すべきものとする原告の主張は理由がない。

(証拠省略)

理由

譲渡所得の算出上控除の認められる費用は、当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費であるところ、原告の主張によれば、原告は本件物件を「保持」するため中村より金員を借り受け、この債務担保のため同人に対し本件物件を譲渡担保として提供したことにより中村との間に生じた紛争を解決して本件物件を請け戻すために、本来の借受金のほか金三、四〇〇、〇〇〇円を支払わざるを得なかつたので、右金員が取得価額に加算さるべきであるというのであるが、右の金員が本件物件の取得原価でないのはもとより、仮りに資産の買い受けのために借り受けた債務の利子が取得価額に算入さるべきものとする見解をとつたとしても、原告主張の右金員が直ちに右にいう利子に相当するものとは認められないところである。そして、譲渡担保権者とされる中村が本件物件の設備、改良のために費用を投じ、これを償還する趣旨において前記金員が支払われたものであるというような事情につきなんらの主張立証のない本件においては、右の金三、四〇〇、〇〇〇円が設備もしくは改良費またはこれらに準ずる費用と解することも困難であり、また「譲渡に関する経費」とは、譲渡のための周旋料、登録料、借家人を立ち退かせるために支払われる立退料等のような資産の譲渡のために、通常、直接必要とされる経費を指すものであつて、原告主張のような特別の事情から本件物件を譲渡するために、本来の借受金の外に余分の金員を支払わざるを得なかつたとしても、これをもつて譲渡に関する経費と解する余地はないものといわねばならない。

従つて、被告が譲渡所得額の算出上、原告主張の金三、四〇〇、〇〇〇円を取得価額に加算しなかつたことは正当である。してみると、譲渡所得算出の基礎となつた本件物件の譲渡価額、取得価額(原告主張の金三、四〇〇、〇〇〇円が加算されないとした場合の取得価額)及び減価消却額等の数額については、いずれも争いがなく、従つて、原告主張の金三、四〇〇、〇〇〇円が取得価額に加算されないとすれば昭和三四年度分の総所得金額となるべき譲渡所得金額が被告主張の数額となることにつき争いのない本件においては、原告の同年度分の所得税に関する被告の認定になんら違法はなく、原告の請求は理由がないものといわねばならない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

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